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KoKoDoKo 解説編 (八十里越)
今度は真面目にやります。(笑)

リンクから飛んできた方は、ここのブログから読むと事情が理解できます。


日程:9月27日‐28日
メンバー:カイチョー、元山友会のIさん、文芸部地域研究班O野(L,記)
場所:会越国境八十里越

行程:
27日 燕三条(9:00) 吉ヶ平(10:15) 馬場跡分岐(10:40) 雨ヶ池(11:05) 馬場跡分岐(11:35) 椿尾根(12:55) 山の神(13:45) 番屋乗越(14:10) 空堀小屋跡(16:05) 空堀三叉路(16:10)

28日 空堀三叉路(6:40) 鞍掛峠 (7:55) 田代平(8:50) 八十里峠[木の根峠](10:00) 松ヶ崎(10:55) 工事中の新道合流(12:55) DoCoMoの電波キャッチ地点(13:30) 浅草岳登山口奥のゲート(14:00) 只見町深沢温泉(15:10) 会津高原駅(16:50)

これから行く八十里越は、明治後期まで会津地方と越後の交流を支える重要な街道 として利用されていました。



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燕三条で新幹線を降りてIさんと合流。
Iさんは前日に車を只見にデポし、燕三条で我々を待っていました。



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守門岳は左。

タクシーの運転手さんによると、この地域一帯は10年前に大水害に見舞われ、多くの死者と広いエリアで人家や田畑に被害がでたということでした。
その時期に前後する中越地震や東日本大震災の年に起きた豪雨の影響と合わせて、以前2度ほど通り抜けた時の状態がどれだけ災害から免れているか。
非常に気になるところです。


所どころで道が途切れ、地形と磁石を確認しながら進んだ道。
100年前に造られた石垣が健在していた道。
今でも車が通れそうな広い道。
日本一のスケールを持つ歴史の廃道。



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出発地点に佇む昭和40年代に廃校になった旧下田村々立森町小学校吉ケ平分校。
老朽化が激しく今年10月には解体されます。
後ろでは来年オープンする吉ヶ平山荘の工事が三条市によって行われています。
炭焼き体験施設や守門岳のルートも整備されていました。

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左が炭焼き小屋、右は監視小屋。




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10年前の水害を意識してか、少し上流には巨大な砂防ダムが建設中でした。


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この地で明治36年起きた雪害で犠牲になった子供たちの碑でした。


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ここに道があるのですが分りますか?



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吉ヶ平山荘建設現場の方の話によると、只見町商工会関係者や三条の市長さんが八十里越を歩くことになり、その為のトラロープや巻道などの整備をしたということでした。


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2日目、対岸にそびえる烏帽子山。

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山から下りて辿り着いた道は工事中の国道289号線八十里越。全通は2020年代の予定。
しかし地元の人によるとトンネルなどの基本構造物は完成しており、暫定供用の話が出ているようです。


おまけの動画、小さいヘビがにょろにょろしていました。(Internet Explorer 11での動作を確認しています)
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浅草岳登山口付近からJR只見駅までタクシー。
ここで解散してIさんはデポした車でそのまま旧舘岩村の離騒館へ、カイチョーと私は小出・浦佐経由の新幹線で帰るつもりでした。

只見から舘岩まで車で1時間、その先の会津高原駅まで1時間半なので会津高原まで送るわよ、と言うIさんの好意に甘えることにしました。
会津高原から浅草行に乗り、途中でスペーシアに乗り換えました。
なので、スペーシアの写真はちょっと引っかけでした。



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